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広島地方裁判所 平成11年(行ウ)2号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成八年一〇月七日付けでなした、原告の平成六年分の所得税の更正のうち総所得金額七三八万〇九三四円、納付すべき税額五四万三六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定(ただし、いずれも平成一〇年一〇月三〇日付けの審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が原告の平成六年分の所得税につき平成八年一〇月七日付けで、総所得金額七三八万〇九三四円、納付すべき税額一四五万九六〇〇円とする更正及び過少申告加算税賦課決定をしたのに対し、原告が、ゴルフ会員権の譲渡所得につき、従前平日会員権であったゴルフ会員権を正会員権に転換したことは新たな財産の取得であり、その転換費用に充てた借入金の利子や抵当権設定費用等は所得税法三八条一項の「資産の取得費」に含めるべきであるなどと主張し、これに反する被告の処分は違法であるとして、右更正のうち原告の確定申告額五四万三六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告の亡夫であるAは、昭和四三年七月一一日、社団法人広島カンツリー倶楽部(以下、「広島カンツリー」という。)のゴルフ会員権(平日会員権)を代金六〇万円で購入した。

Aは、昭和六二年二月二三日に死亡し、原告が相続によって右ゴルフ会員権を取得した。

2  広島カンツリーは、クラブハウス改築のため、平日会員のうち、正会員に転換を希望する者からの入会金の追加金によって資金を調達することにし、次のとおり希望者を募集した(甲八、乙三、一〇の1、2)。

(一) 募集の対象者

平日会員のうち正会員に転換を希望する者。

(二) 転換に伴う払込額(入会金追加額)

個人会員については一人当たり二一五〇万円(消費税六四万五〇〇〇円は外税)とする。

(三) 申込期間及び払込期間

申込期間 平成元年七月一日より同月末日まで

払込期間 同年八月一〇日より同年九月二〇日まで

(四) 正会員資格取得の時期は払込の翌日とする。

(五) 譲渡禁止期間

正会員に転換された日の翌日より五年間。

3  原告は、平日会員権を正会員権に転換(以下「本件転換」という。)するため、平成元年九月二〇日、株式会社広島銀行(三川町支店扱い。以下「広島銀行」という。)から二二一四万五〇〇〇円を借入れ(貸付当時の貸付利率年五・七パーセント)、同日、広島カンツリーに入会金の追加金として二二一四万五〇〇〇円を支払った(甲一、九、乙四の1、2、弁論の全趣旨)。

4  広島カンツリーは、同月二二日、原告の正会員への登録替手続を行い、同月二三日、原告に対して、正会員権に係る会員資格を付与した。

5  原告は右正会員権を平成六年一二月五日に株式会社中国ゴルフ社に代金三八〇〇万円で譲渡し、譲渡の手数料として一〇〇万円を同社に支払い(乙五の1)、また、税理士に対し、同日の会員権譲渡の立会料として三万円を支払った(乙五の2)。

6  原告は、広島銀行に対し、平成元年九月二〇日から同六年一二月五日までの間に借入金利子として合計六四九万三〇五一円を支払った(乙六)。

7  原告は、前記3の借入れの際の抵当権設定費用等として合計一二万五三〇〇円、借入金返済後の抵当権抹消費用等として合計一万五一〇〇円を出捐した(乙七の1、2)。

8  Aは広島カンツリーの会員として、そのゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)でプレーをしていたが、原告はゴルフ会員権を取得して以来、一度も本件ゴルフ場でプレーをしたことはなかった(甲一二、乙八)。

9  原告の平成六年分の不動産所得は一四五万〇一六〇円、給与所得は二三八万五〇〇〇円である。

10  原告は、平成七年二月二七日、平成六年分の所得税について総所得金額が七三八万〇九三四円であると確定申告し、これに対して被告は平成八年一〇月七日付けで、総所得金額を一〇六九万七六六〇円、納付すべき税額を一四五万九六〇〇円とする更正(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税額一〇万円の賦課決定(以下「本件賦課決定」といい、本件更正処分と併せて「本件各処分」という。)を行った。

11  原告の被告に対する異議申立て及びこれに対する被告の決定は別表記載のとおりである。

12  原告は、平成九年二月二一日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同審判所長は、別表記載のとおり、平成一〇年一〇月三〇日付けで、本件各処分を一部取り消し、総所得金額を一〇六二万九八二三円、納付すべき税額を一四四万三三〇〇円とし、過少申告加算税額を九万七五〇〇円とする審査裁決を行った(以下「本件裁決」という。)。

二  争点

本件の争点は、原告の平成六年分の総所得金額のうちゴルフ会員権を譲渡したことにより生じる譲渡所得の金額の計算に当たって、(一)本件転換が、平日会員権部分とは別個の正会員権部分の資産を新たに取得したことになり、そのために要した費用が所得税法三八条一項の「資産の取得に要した金額」に当たると評価できるか、(二)正会員権への転換費用を捻出するために支払った借入金利子、抵当権設定費用、抵当権抹消費用を同条一項の「資産の取得費」(以下、単に「取得費」という。)として控除することができるか、及び(三)本件各処分の適法性であり、これらの争点に関する双方の主張の詳細は以下のとおりである。

1  本件転換が、平日会員権部分とは別個の正会員権部分の資産を新たに取得したことになり、そのために要した費用が所得税法三八条一項の「資産の取得に要した金額」に当たると評価できるか。

(原告の主張)

(一) 原告が平日会員権を相続した当時、正会員権は平日会員権の約三倍の価額であり、投資ブームによりさらなる値上がりが期待されていた。また、広島カンツリーから平日会員権の正会員権への転換の募集がなされるとともに、広島銀行から転換資金貸付キャンペーンの案内があり、借入金利子を負担しても利益が得られるということであったから、原告は、休日にプレーをするためではなく、平日会員権を正会員権に転換して五年間の譲渡禁止期間後に売却して利益を得るために、その差額相当分の価値を新たに取得するため、借り入れをして本件転換を行い、借入金の利子を支払ってきた。

そして、原告は腰痛を伴う骨粗鬆症であり、本件転換後の正会員権を行使する可能性は皆無であり、現に譲渡まで、ゴルフ会員権を一度も行使していない。

(二) このような経緯に鑑みると、本件転換は将来の値上がり益を得るための独立した経済的行為であり、正会員権部分の価値という新たな資産の取得行為に他ならず、そのためには借入金が不可欠であったし、当初から借入金利子は利益を得るための取得原価を構成するものであったから、譲渡所得の金額の計算上、所得税法三八条一項の「資産の取得に要した金額」として控除されるべきである。

また、右条項の「資産」の意味を限定的に解する必要はなく、有価値物をいくらで有償取得したかを判断する際には、取得した物それ自体の譲渡可能性は問題とはならない。この点、正会員権部分が独立の資産としての譲渡可能性がないことを理由に、本件転換が資産の取得行為ではないという被告の主張は失当である。

(被告の主張)

(一) ゴルフ会員権とは、特定のゴルフ場の会員となることにより、そのゴルフ場の施設を一般の利用者に比して有利な条件で継続的に利用できる会員としての権利(地位)を総称したものと考えられ、さらに平日会員権から正会員権への転換は、右の有利な条件が平日のみならず日曜日と祝日にも及ぶことを意味するにすぎず、その他の部分については、会員としてプレーの予約及び施設の利用ができ、客員(ビジター)を紹介することができるという権利並びに入会金と年会費の納入義務において両者の間に差異は存しない。してみると、原告の主張する正会員権部分の価値とは、日曜、祝日においてゴルフ場を有利な条件で利用できる会員としての権利(以下「休祝日会員権」という。)を指すものということになる。

所得税法三三条一項は、譲渡所得の意義について「資産の譲渡」による所得をいう旨規定しているが、ここにいう「資産」の意義は社会通念に従い、現実の社会生活において金銭に評価できるもの、すなわち現実に有償譲渡の可能性のあるもの(経済的価値を有するもの)をいうと解すべきであり、「資産」に当たるか否かは現実に有償譲渡の可能性があるか否か、経済的価値を有するものであるか否かという基準により判断すべきである。

本件では休祝日会員権が、ゴルフ会員権売買市場において、それのみを対象として取引されておらず、独立に取引の対象になりうる経済的価値を有しているとは到底いえない。そうすると、休祝日会員権は独立した資産であるとはいえず、平日会員権から正会員権への転換行為の性質は、日曜、祝日においても有利にゴルフ場が利用できるという条件が付加されたものにすぎず、従来から所有している平日会員権との同一性を保持しつつ、平日会員権の内容(権利義務関係)を引き継いだものというべきである。

(二) 原告がなした正会員権への転換行為に当たって支出した追加額は新たな権利を取得するためになされたものではなく、資産の客観的価額を増加させる一種の資本的支出、すなわち、資産の質的改善に要した費用ということができるから、追加額は資産の改良費を構成するものとして、譲渡所得金額を計算する上で控除すべき取得費に該当することとなる。

2  正会員権への転換費用を捻出するために支払った借入金利子、抵当権設定費用、抵当権抹消費用を譲渡所得の計算上、取得費に算入することができるか。

(原告の主張)

(一) 主位的主張(積極説)

(1) 前記主張のとおり、本件転換は、正会員権部分の価値という新たな資産の取得に他ならない。

(2) 資産を交換取得する場合に、反対給付物を他から入手するのに要した相当額の対価支払は、交換取得との間に相当因果関係があるとして、右対価を「資産の取得に要した金額」に含めるべきである。これと同様に、有償取得の通常手段である買受代金の支払に充てる資金を入手するための対価としての相当額の支出、すなわち借入金利子もまた資産取得との間に相当因果関係が認められ、「資産の取得に要した金額」に含めるべきである。

そして、相当因果関係の有無については、当該資産の使用開始の有無ではなく、当該取得のための支出の必要性の度合を考慮し、その出費額を取得金額から控除することが、当該租税負担の合理性、衡平性の観点から相当であるか否かを考慮して決せられるべきである。

本件借入れは、正会員権取得のために不可欠であり、かつその借入金利子の支払も相当であるから、右資産取得との間に相当因果関係を有し「資産の取得に要した金額」として課税所得から全額控除することが租税負担の衡平性の観点から妥当である。

(3) 原告のゴルフ会員権の譲渡所得の計算においては借入金利子、抵当権設定費用及び抵当権抹消費用を全て控除し以下のとおりとすべきである。

(ア) 収入金額 三八〇〇万円

(イ) 必要経費

取得費(小計二九三七万八四五一円)

Aが広島カンツリーから平日会員権を取得した価額 六〇万円

平日会員権を正会員権に登録替えするために支払った入会金追加額

二二一四万五〇〇〇円

登録替えのために借り入れた借入金に対する支払利子

六四九万三〇五一円

抵当権設定費用 一二万五三〇〇円

抵当権抹消費用 一万五一〇〇円

譲渡費用(小計一〇三万円)

手数料 一〇〇万円

譲渡立会料 三万円

(ウ) 特別控除費 五〇万円

(エ) 取得金額((ア)―(イ)―(ウ)) 七〇九万一五四九円

(二) 予備的主張(一)(中間説)

仮に、借入金利子が当然に「資産の取得に要した金額」として認められないとしても、正会員権への転換のための借入れに伴う借入金利子のうち、使用開始前の期間に係る部分については「資産の取得のために要した金額」に含めて、譲渡所得の金額の計算上控除されるべきである。

そして、所得税法基本通達三八―八及び同三八―八の二を本件の事案に当てはめれば、ゴルフ会員権はその権利を保持している者にゴルフ場の施設を有利に利用させる権利であるから、ゴルフ場の施設を利用したときにその権利を行使したとして、使用開始があったと見るべきである。

本件では、原告は、正会員権を転換によって取得した後、本件ゴルフ場の施設を全く利用していないから使用開始があったとは認められない。原告は、正会員権を投資目的で取得し、使用開始をしないままで譲渡したのであるから、借入金利子等は全額取得費に算入されるべきであり、これに反する被告の処分は、基本通達の解釈並びにその判断を誤ったものであり、違法である。

(三) 予備的主張(二)

仮に借入金利子が「資産の取得に要した金額」に算入されなくても、同条項の「取得費」には「資産の取得に要した金額」の他、「設備費」、「改良費」が含まれるが、これらに限定する必然性はなく、譲渡所得の金額の計算上控除する取得費とは、当該資産の取得に当たって取得原価性を有するかどうかによって決せられるべきである。

前記1(一)のとおりの経緯に鑑みれば、原告は将来の値上がり益を得るために正会員権を取得したのであり、当初から借入金利子は取得原価として計算されていたことが明らかであるから、借入金利子は、取得費に該当する。

(四) 予備的主張(三)

右(三)が理由がないとしても、借入金利子は所得税法三八条一項の「改良費」に該当し、譲渡所得の金額の計算上控除されるべきである。

(五) 国税庁は、近年一時所得に関して「保険料借入による生命保険について、借入利息は保険金や解約返戻金の一時所得の計算上控除できる」との見解を示している。これは、納税者の国民感情をもとに、国税庁が法の解釈として認めたものであり、本件においても同様に解すべきである。

(被告の主張)

(一) 借入金利子等の取得費算入の可否

平日会員権を正会員権へ転換する行為は、新たな資産の取得とはいえないことは明らかであり、追加額の支出は改良費に該当するものの、改良費に充てた借入金に対する支払利子は、改良費の支出に伴い通常支出されるという性質のものではなく、また、所得税法三八条一項に定める改良費という文理上からも、改良費に含ましめて解釈すべきものではない。また、その性質上、設備費又は改良費にも該当しないのであるから、譲渡所得金額の計算上、控除されないというべきである。

(1) 主位的主張(積極説)について

原告は、当該資産の使用開始の前後を問わずに、借入金利子の取得費性を肯定する積極説を主張するが、その論拠たる相当因果関係なる概念がそもそも不明確であり、そのような基準が租税法の解釈上採り得るか疑問であり、個人が資産を取得するために行う資金の借入行為は、経済的には資産そのものを借用するのに代えてされたものであると評価し得るところ、個人が非業務用資産(例えば居住用家屋)を借用して支払うその使用の対価たる借料(家賃)は、現行法上家事費とされ、課税所得から控除されないこととされているのであるから、それと同一に観念されうる使用開始後の期間に対応する借入金利子を取得費に算入し、課税所得から控除することは、借入資力のある者をない者に比して優遇することになるものであり、積極説がその前提とする租税負担の合理性、衡平性に齟齬すると考えられることなどの点からして、妥当とはいえない。

最高裁判所平成四年七月一四日第三小法廷判決も積極説を採用しないことを明らかにしている。

(2) 予備的主張(一)(中間説)について

原告は予備的主張として、使用開始前の期間にかかる借入金利子について取得費性を肯定する中間説を主張する。

しかしながら、ゴルフ会員権については、その性質からして、通常は、その使用を開始するのに相当の期間を必要とするとは考えられず、ゴルフ会員権を使用することなく借入金の利息の支払を余儀なくされることもないというべきであるから、ゴルフ会員権の取得に要した借入金の利子は、使用を開始する上で必要な準備費用とはいえないことは明らかである。そうすると、ゴルフ会員権の取得に要した借入金の利子については、個人の居住用不動産の場合と異なり、右最高裁判決のいう例外的な取扱いをする必要性はなく、原則どおり当該不動産の使用開始の前後を問わず借入金の取得費性を否定すべきであって「資産の取得に要した金額」に該当しないというべきである。

なお、所得税法基本通達三八―八及び同三八―八の二は、中間説に立ち、固定資産の取得のために借入れた資金の利子のうち、その資金の借入れの日から当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の金額を当該資産の取得費又は取得価額に算入する旨規定しているが、同同三八-八の二(1)及び(2)において、土地又は建物、構築物並びに機械及び装置に係る使用開始の日を定め、(3)において、書画、骨とう、美術工芸品などはその使用開始の時期が明確とはいえず、かつその時期を事後に確認することも困難であることから、集団的、大量的な処理を要する税務行政上、使用開始の概念を導入することが好ましくないとの理由からその取得の日を使用開始の日としたのである。

ゴルフ会員権についてみると、ゴルフ場の使用に関していえば、ゴルフ会員権の保有の有無に関係なくプレーすることは可能であって、右プレーの有無のみを持って当該ゴルフ会員権の使用開始の時期が明らかとなるものではない上、当該ゴルフ会員権を行使し、プレーすること以外にも客員を紹介するなどその使用形態も種々であって、その使用開始の時を客観的・事後的に確認することが困難であるというべきである。よって、ゴルフ会員権については右(3)に含ましめて考えるべきである。

本件において、原告は、平成元年九月二〇日、本件借入金により追加額を払い込み、同月二三日、広島カンツリーから正会員権に係る会員資格を付与されたのであるから、正会員権取得の日すなわち使用開始の日は平成元年九月二三日となる。

以上によれば、正会員権の使用開始の事実がない旨の予備的主張も理由がない。

なお、本件で右基本通達の(3)によった場合、正会員権の使用開始の日までの期間(平成元年九月二〇日から同月二二日までの三日間)は、取得費に算入されることとなるが、当該金額は、国税不服審判所長が認定した金額と同額の一万〇三七四円である。

(二二一四万五〇〇〇円×五・七パーセント×三日÷三六五日=一万〇三七四円)

以上のとおり、借入金利子は、全額が取得費に算入されないものであり、所得税法基本通達三八―八及び同三八―八の二によっても、国税不服審判所長が認定した金額と同額の一万〇三七四円が取得費に算入されるのみであるから、いずれにしても本件更正処分の取得費算入額を下回るというべきである。

(二) 抵当権設定費用及び抵当権抹消費用について

原告が、抵当権設定費用及び抵当権抹消費用を支出したことは認められるが、正会員権取得といかなる関連があるかについては、明らかとはいえない。よって、これらの費用は本件譲渡所得金額の計算上取得費に算入されないというべきである。

仮に、抵当権設定が正会員権への転換に伴う借入れに関してなされたものであるとしても、正会員権への転換にかかる費用は改良費に該当するが、抵当権設定費用は、借入金とは異なり、改良に直接要した費用とはいえず、本件譲渡所得の計算上取得費に算入すべきものとはいえない。

抵当権抹消費用についても、仮に、当該費用が借入れを返済したことに基づく抵当権抹消の手続費用であるとしても、借入金を返済した後の担保資産の管理費用というべきであるから、本件譲渡所得の計算上取得費に算入すべきものとはいえない。

(三) 平成六年分のゴルフ会員権の譲渡にかかる所得金額の算出過程

(1) 収入金額は、原告が平成六年一二月五日に中国ゴルフ社へ広島カンツリーの正会員権を譲渡した価格の三八〇〇万円である。

(2) 取得費

相続により資産を取得した者がその取得した資産を譲渡した場合、譲渡所得の金額の計算上、その取得時期及び取得費は、被相続人が当該資産を取得した時期及び取得した価額を引き継ぎ、その者が引き続きこれを所有していたものとみなされる。原告は、Aの死亡に伴い相続によりゴルフ会員権を取得したものであり、かつ、平日会員権と正会員権とは同一性を有し、正会員権の取得は新たな資産の取得はいえないから、取得時期は被相続人であるAが平日会員権を取得した時点であり、その取得に要した金額は、六〇万円である。

したがって、取得費は、Aが昭和四四年七月一一日に広島カンツリーから平日会員権を取得した価額六〇万円(取得に要した金額)と、原告が平成元年九月二〇日に平日会員権を正会員権に登録替えのために支払った入会金追加額(改良費)二二一四万五〇〇〇円との合計二二七四万五〇〇〇円である。

(3) 譲渡費用は、平成六年一二月五日、原告が中国ゴルフ社に対して支払った手数料一〇〇万円と税理士に支払った譲渡立会料三万円との合計一〇三万円である。

(4) 特別控除費は、五〇万円である(所得税法三三条四項)。

(5) 長期譲渡所得の金額

以上の金額を所得税法三三条三項にあてはめれば、原告に係る譲渡所得の金額は、収入金額三八〇〇万円から、(2)取得費と(3)譲渡費用の合計額二三七七万五〇〇〇円を差し引き、更に(4)特別控除額五〇万円を控除した一三七二万五〇〇〇円となる。

(6) 総所得金額

原告の総所得金額は、原告の確定申告書に記載された不動産所得一四五万〇一六〇円、給与所得二三八万五〇〇〇円及び譲渡所得一三七二万五〇〇〇円の二分の一の金額六八六万二五〇〇円の合計額一〇六九万七六六〇円である。

3  本件各処分の適法性

(原告の主張)

平日会員権から正会員権へ転換する行為は、新たな財産の取得であり、借入金利子や抵当権設定費用等は所得税法三八条一項の「資産の取得に要した金額」に含めるべきであり、そうでないとしても同条項の取得費に含めるべきであるから、これに反する本件各処分は違法である。

よって、本件更正処分のうち原告の確定申告額五四万三六〇〇円を超える部分及び本件賦課決定処分の取消を求める。

(被告の主張)

(一) 本件更正処分の適法性

前記2(三)のとおり、原告の平成六年分の総所得金額は一〇六九万七六六〇円であるから、この範囲でなされた本件更正処分は適法である。

(二) 本件賦課決定処分の適法性

本件更正処分は適法であり、原告には、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められないから、本件賦課決定処分も適法であるというべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(乙九の1、2、一三、一四)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 広島カンツリーのゴルフ会員権を取得するためには、株主又は出資者であることが要件とはなっておらず、また預託金等に類するものもなく、ゴルフ会員権の性質は、単なるプレー権である。会員権を取得するためには、入会金を支払うことが必要であるが、入会金は返還されない。

(二) 正会員権は、会員として予約ができ、ゴルフ場施設を一般の利用者に比して有利な条件で継続的に利用できる権利であり、平日会員権は、日曜、祝日のプレーを除きその他は正会員に準ずる権利であって、日曜、祝日においてはビジター扱いとなり、主に日曜、祝日に設定される広島カンツリーの倶楽部競技には参加ができない。

(三) 平日会員権と正会員権の間には、他に権利・義務に差異はなく、プレー費や年会費も同一である。プレーをする時は、諸料金を個別に徴収される。

(四) 平日会員権から正会員権への転換は、会員権の同一性を保持しつつ、日曜、祝日のプレーを除外する制限がなくなるもので利用条件を変更するにすぎず、買換えや新規取得には当たらない。

(五) 五年間の譲渡禁止特約は、投機目的による取得を防ぐ趣旨によるものであり、バブル期以前はプレーを目的としてゴルフ会員権の取引が行われ、バブル期以後はプレーをしない会員が多い。

2  以上の認定事実によれば、平日会員権から正会員権への転換は、広島カンツリーの経営する本件ゴルフ場の利用について、日曜、祝日のプレーを除く旨の制限があった地位から、制限なくプレーできるという地位に転換されるにすぎず、会員権としての同一性は保持されているのであるから、新たな資産の取得とはいえない。

しかしながら、正会員権は平日会員権に比し、会員としての地位に制限がなくなり、資産の観点から見ればその客観的価値を増加させ、質的に改善させたものといえるから、平日会員権から正会員権へ転換するために要した入会金追加額は、改良費を構成するといえる。

3  これに対し、原告は、本件転換当時、投資ブームによるゴルフ会員権の値上がりが期待されており、原告はプレーのためでなく売却により値上がり益を得るため本件転換をなしたもので、現に原告は骨粗鬆症であり一度もプレーをしていないと主張し、これに沿う証拠(甲六、七の1ないし4、一一)もあるが、これらの事実に照らして考えてみても、本件転換をもって正会員権部分の取得という新たな資産の取得行為であると解することはできず、この点に関する原告の主張は採用できない。

二  争点2について

1  譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものである。

2  譲渡所得の金額について、所得税法は、総収入金額から資産の取得費及び譲渡に要した費用を控除するものとし、同法三八条一項は、右の資産の取得費について、別段の定めがあるものを除き、当該資産の取得に要した金額(すなわち、狭義の取得費)並びに設備費及び改良費の額の合計額としている。

3  「改良費」は当該資産の客観的価値を増加させるための費用であり、他方、当該資産の維持管理に要する費用等日常的な生活費ないし家事費に属するものはこれに含まれないと解するのが相当である。ところで、個人が資産の改良費を出捐するに際して、費用の全部又は一部の借入れを必要とする場合があり、その場合には借入金の利子の支払いが必要となるところ、一般に借入金をもって出捐した費用そのものは、当該資産の客観的価値を増加させる金額に該当するが、右費用を借入金によったか自己資金によったかは、本来、資産価値の増加とは直接関連性を有しない資金調達上の事情にすぎず、したがって、個人が他の種々の家事上の必要から資金を借入れる場合の当該借入金の利子と同様、当該個人の日常的な生活費ないし家事費にすぎないというべきである。そうすると、右の借入金の利子は、原則として、譲渡所得の金額の計算上、所得税法三八条一項にいう「改良費」に該当しないというべきである。

4  しかしながら、平日会員権から正会員権に転換するための費用を借入れた後、転換のために一定の期間、ゴルフ会員権を行使できない状態に置かれることがあり、その場合に当該個人は右期間中ゴルフ会員権を行使することなく利子の支払を余儀なくされることになる。

この点、個人の居住の用に供される不動産の取得のために代金の全部又は一部の借入れをした場合における借入金の利子は、個人の日常的な生活費ないし家事費にすぎず、所得税法三八条一項の「資産の取得に要した金額」には該当しないが、当該不動産の使用開始の日以前の期間に対応するものに限り、当該不動産を取得するために必要な準備費用といえ、当該不動産を取得するための付随費用に当たるものとして、「資産の取得に要した金額」に含まれると解されるところ(最高裁判所平成四年七月一四日第三小法廷判決・民集四六巻第五号四九二頁参照)、「改良費」を捻出するため、その全部又は一部につき借入れをした場合の借入金利子について、居住用不動産の取得のための借入金利子と別異に取り扱う理由はない。

本件においてこれをみると、原告が本件転換に際して、入会金の追加金の支払に充てた借入金の利子のうち、転換のためゴルフ会員権の行使が一時制限された期間に対応するものは、当該資産の改良する上で必要な準備費用ということができ、改良のための付随費用に当たるものとして、「改良費」に含まれると解するのが相当である。

なお、前記のとおり、居住用不動産の取得のための借入金利子については、使用開始の日以前の期間に対応するものが「改良費」に含まれると解されるが、ゴルフ会員権の場合は、ゴルフ場施設を一般の利用者に比して有利な条件で継続的に利用できる地位である以上、その地位を取得すれば経済的な効用を享受しているといえるし、偶々一度でもプレーしたか否かという多分に偶然性が加わる事情によって「改良費」に含める借入金利子の範囲を画することは課税上の衡平に反する結果を招来し、また税務行政上著しい困難を生じさせるおそれがあり、適切でなく、ゴルフ会員権の行使が可能となった時期をもって使用開始があったと解するのが相当である。

よって、この点に関する原告の主張は採用しない。

5  しかるところ、前記第二の一の争いのない事実等によれば、原告は、ゴルフ会員権を平日会員権から正会員権へ転換するために、平成元年九月二〇日、広島カンツリーに対し、入会金追加額として二二一四万五〇〇〇円を支払い、正会員権への登録替えがなされる同月二二日までの三日間、会員権の行使が制限されているのであるから、右期間に対応する借入金利子は改良費に付随する費用として改良費に含めるのが妥当である。

よって、右期間に係る借入金利子一万〇三七四円(本件借入金二二一四万五〇〇〇円×貸付利率年五・七パーセント×三日÷三六五日)を譲渡所得の計算に当たって控除するのが相当である。

6  一方、原告は正会員権への転換が新たな資産の取得であるとして、これに伴う費用が「資産の取得に要した金額」であることを前提に、主位的に、借入金を返済するまでの利子を全額「資産の取得に要した金額」に算入すべきであると主張し、予備的に、使用開始日までの利子を控除するべきであるとしても(中間説)、原告はゴルフ会員権の使用を開始しないままこれを譲渡したから借入金利子の全額を控除すべきであると主張するが(予備的主張(一))、正会員権への転換が新たな資産の取得とは認められないことは前示のとおりであるから、原告の右各主張はその前提において理由がなく、採用できない。

次に、原告は、正会員権の取得目的が投資目的であることを理由に、借入金利子が取得原価性を有するので、借入金利子を取得費として全額控除すべきであると主張するが(予備的主張(二))、前示のとおり、借入金利子は当然には資産の取得ないし改良のための費用に該当すると解されないし、また、ゴルフ会員権の取得目的という取得時点での主観的事情によって、借入金利子の取得原価性が決定されるものとすれば、客観的に判断することに非常に困難を伴うおそれがあり、大量迅速な処理を迫られる税務行政に耐えられる判断基準としては適切ではない。

なお、原告の予備的主張(三)については、借入金利子のうち前記の限度で改良費に含めるのが相当である。

7  抵当権設定

費用及び抵当権抹消費用

ゴルフ会員権の転換につき、借入金を必要とする場合、抵当権を設定するのにかかる費用は借入れのために通常必要な費用と認められるから、改良費に付随する費用として改良費に含めるべきものと解される。しかし、抵当権抹消費用については、借入金を返済した後の担保資産の管理費用とみるのが相当であるから、譲渡所得の計算上取得費に算入することはできない。

本件においては、弁論の全趣旨により、原告の主張する抵当権設定費用一二万五三〇〇円は平日会員権から正会員権へ転換するための入会金追加金に充てるため、資金を借入れるための費用として支出したものと認められる。

よって、右抵当権設定費用一二万五三〇〇円は改良費に付随する費用として譲渡所得の計算に当たって控除するのが相当である。

8  譲渡費用一〇三万円(手数料一〇〇万円及び譲渡立会料三万円)及び特別控除費五〇万円を譲渡所得の計算に当たって控除することについては、当事者間に争いがない。

三  原告の総所得金額について

以上によれば、原告の平成六年分の譲渡所得額は、ゴルフ会員権の譲渡による収入金額三八〇〇万円からAが支払った取得費六〇万円、原告が支払った入会金追加額(改良費)二二一四万五〇〇〇円、改良費に付随する費用として抵当権設定費用一二万五三〇〇円及び行使が制限された期間に係る借入金利子一万〇三七四円、譲渡費用一〇三万円(手数料一〇〇万円及び譲渡立会料三万円)並びに特別控除費五〇万円の合計二四四一万〇六七四円を控除した残額である一三五八万九三二六円となる。

したがって、原告の総所得金額は、不動産所得一四五万〇一六〇円、給与所得二三八万五〇〇〇円と、右譲渡所得の金額一三五八万九三二六円の二分の一の金額六七九万四六六三円との合計額一〇六二万九八二三円である。

四  本件更正処分の適法性について

以上によれば、原告の平成六年分の所得税についての課税標準である総所得金額を一〇六二万九八二三円とし、原告の納付すべき税額を一四四万三三〇〇円とする本件更正処分(ただし、本件裁決により一部取り消された後のもの)は適法である。

五  本件賦課決定処分について

原告は、平成六年分の所得税に係る課税標準及びそれに対する税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことに、国税通則法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められないから、原告に対し賦課すべき過少申告加算税を九万七五〇〇円(ただし、本件裁決により一部取り消された後のもの)した本件賦課決定処分とは適法である。

六  よって、原告の本件各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中澄夫 裁判官 後藤慶一郎 裁判官 伊吹真理子)

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